NAMIDA LIP

your tear will be your food

友達百人できるかな?

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相性の良い人と巡り合う確率は1401人に1人だって。

 

今日も頑張ろうっと。

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ぅれいんぬ

書こうと思ったことがあったけど、やーめた。
リュウ様、ごめんちゃい。

こんな人見つけた。
素人なのにウメーなーって思ったらデビューしてるっぽい。
英語圏の方じゃないんだね。

でも、凄く良いー。
明日、雨降るかもよ。

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chim↑pomさんちのエリイさん

彼女の事を知ったのは遠野なぎこさんのブログでした。

当時遠野さんは「摂食障害」に苦しんでいて、同じように苦しむ人々にエールを毎日のようにブログにつづっていました。

 

そのブログの中で遠野さんが「許せない」と言った方、「方」と言うかそのパフォーマンスに怒りをあらわにしていました。

 

それは芸術集団chim↑pomのメンバー・エリイさんの「嘔吐」するパフォーマンスでした。

 

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ピンクの液体を飲んでは吐き飲んでは吐きの行為は結構な衝撃的手法ですよね。

しかし遠野さんは「摂食障害」と言う病を抱えた人にとって、とても不愉快だと言った。それはそうだろうと思う。

摂食障害の方にとって嘔吐はとても辛い行為であって、見るに堪えなかったのではないかと思います。

 

それでエリイさんを知って色々調べてみて。

そしてこんな記事を目にしました。

 

 

— イギリスのアート誌『CCQ』の表紙を飾った写真は、まさにそのパフォーマンス場所で撮影されたみたいですね。大量のカラフルな折り鶴の山も印象的でした。海外での作品に対するリアクションについては、どう思いますか?

海外に限らず、作品を観た人たちが、いいとか悪いとか、意味があるとかないとかを言っていたとしても、そういうことを言っている人たちのことを信用していないので、褒められても褒められなくても、良いことを言われても悪いことを言われても、特になにも思わないですね。

— 日本ではポリティカルな要素が作品に入ってくると、ネガティブな報道や意見が目立ちますよね。そういった反応については、どう感じますか?

日本では、批判的なことをいう人たちの意見がちょっと的外れなんですよね。なにもわかっていないし、こっちからコメントを返すに値していないというか。なにも知らないで言ってきている暇な人たちなので。でも、それは褒めてくれる人にもいえることなんですよね。なにが良いのか、わかっていないで言っているっていう。

— 2008年には、「日本のアートは10年遅れている」というタイトルの個展を行いましたね。アートを見る人たちの目が、日本では特に遅れていると、今でも感じますか?

というか、世界でも遅れていると思う。ほとんどの人たちがクソみたいなパンピーで、なにも知らないでいるし、なにも思わずに暮らしてる。だから日本は世界に比べてもっと遅れているけど、他の国だって遅れていると思う。

— アートと呼び名がついた途端に、なんだか難しいものと感じる人も多いかと思います。そういった人たちがアートを身近に感じられるようになる方法はあると思いますか?

う~ん。そういう人たちはアートというよりも、デザインとかを見てアートを感じたと勘違いして楽しんでいればいいんじゃないかな。

 

だそうです。

尖ってますねー。

ここからは「負け犬の遠吠え」として読んでくださいまし。

だって、負けてるじゃん。

何か受賞したこともないし、名前も知られてないし、アンタ誰?状態だしー。

 

もう一つの作品を紹介してから書こうかな。

広島の空に描かれた「ピカッ」の文字。

 

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抗議が来たそうです。

 

まず、ピンク色の液体を嘔吐するパフォーマンスと広島の空にピカッと描いた事について。

二つの事は社会的に敏感な事柄だと思うんですが。

そこまで本当に繊細な事がらについてリスクを背負うには、非常に慎重な考え方と表現方法が必要だと思います。

俺たちは表現したい事を表現してるまでだと言えば、それは芸術的暴力です。

 

本人たちの本当に作りたかった・やりたかった理由はどうでも良いのです。

この二つに限っては広島の方々が嫌だと言えば嫌なのです。

嘔吐するパフォーマンスで傷つけば、それは単に見た人を傷つけたことになると思うのです。

事実が大事だと思うのです。

 

それはインタビューでも顕著に芸術に対する姿勢が垣間見えますね。

最初の一文。

「そうゆう人達を信用してないので」

俺には分からない文章ですね。

信用している人からの意見だけが、本当の意見なのでしょうか。

 

二番目の文。

なにも知らないで言ってきている暇な人たちなので。でも、それは褒めてくれる人にもいえることなんですよね。なにが良いのか、わかっていないで言っているっていう。

 

「何が良いのか分かってないで」

 

やはり、自分達と信用出来る人達が「良い」と思うものを理解出来ない人の感想は無駄だと言うように解釈できます。

 

三番目の文。

ほとんどの人たちがクソみたいなパンピーで、なにも知らないでいるし、なにも思わずに暮らしてる。

 

このエリイさんや仲間の方々は芸術活動で「誰に」発信してるのでしょうか。

エリイさんの言葉をかりると「クソみたいなパンピー」に向けて何かしらの思いを込めて発信するのが芸術なのではないのかなーと自分は思うのですが。

一般の人達は色々な思いで生きてますよ。

必死ですよ、みんな。

そうゆう人達の感情や思い、辛さや悲しさを感じようとせず「選ばれた人間」と思ってらっしゃる方々だけに評価されれば良いと言うのは芸術とは程遠いと思います。

 

最後の分。

デザインとかを見てアートを感じたと勘違いして楽しんでいればいいんじゃないかな。

 

デザイン素敵ですよね。

アートと思っていらしても全然結構じゃないですか。

勘違いでは、、、ないのでは、、、。

 

彼らの作品などには「大胆な勇気」を感じます。

ただ、エリイさんのインタビューに限ってはお粗末すぎますね。

そして非常にもったいない。

とっても勇気を出して、こんなに大きな看板になった芸術集団。

集まってくる人々や関わる人達も才能あふれる方たちばかりなのではないでしょうか。

でも、そんなときこそ一般社会に紛れることは必要なんじゃないかと思うのです。

「クソみたいなパンピー」などと一般社会の人間を卑下せず、語り寄り添い、少しづつ芸術家として成長し高みを望むようにしてほしいですね。

 

だって、お金もきっと集まるし、一般の芸術家には出来ない事が出来ると思うし。

その「大胆な勇気」も色々生かせると思いますねー。

アートで注目されるって本当に大変なんですよ。

だから、とってもchim↑pomさんには期待してます。

 

俺も頑張ろうっと。

 

 

 

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