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NAMIDA LIP

your tear will be your food

Frozen

 

19才になった頃。

俺は自殺未遂をした。

幼少の頃から父のしつけが厳しく、それは激しさを増していった。

父親も悪意をもってした事ではないので詳細は割愛させて頂くが、今となっては虐待と捉えられてもおかしくはないものだった。

 

思春期になるも、それは続き俺と父親との関係は更に悪化した。

最悪な事に、俺にも父親を殴る力がついてしまったので、頻繁に家庭は滅茶苦茶になった。

 

19の頃。

どう解決して良いのかもわからず、父親も変わる気配もなく、私は完全に病んでいた。

それは病んでいる事を自覚しているのであればまだ良い。

それすらも自分ではわからなかったのである。

 

友人と会えば、泣いて現状を訴えるも、家庭内の事なので友人達は何もする事もなく、ただ俺の話を聞いていてくれていた。

 

19才のある朝。

起きた瞬間から俺の頭には「死ななければ」と言う強迫観念に覆い尽くされていた。

その夜、用意していた包丁を持って、思い出深い近所の公園へと向かった。

記憶があいまいなのだが、madonnaの新しいシングル「Frozen」が発売された日だったかも。

 

公園について、俺はFrozenをしばらく聞いていた。

あまりにも素敵な歌に涙が出たが、きっと自殺をとどまるように何か言われている気がしたのかもしれない。

 

俺が生きていた理由。

それは頭の中で「自殺=手首を切る」と言う発想しかなかったこと。

 

もしこれが「自殺=ビルから飛び降りる」と言う概念があったのなら俺は今生きていないと思う。

強迫観念とは恐ろしいもので、インプットされた事を実行するのである。

 

夜の公園は月の明かりで青く見えた。

その青い中で、俺は赤い血を流しながら死ねない自分に泣いていた。

 

 

幸い、俺は生きている。

そして、以前書いたと思うが言葉のごとく「血と汗と涙で勝ち取った家族」なのである。

自殺未遂をした後の事はよく覚えていない。

どうして過ごしていたのかも。

自殺未遂をきっかけなのかどうなのかわからないが、父親も俺も変わっていった。

 

家族と言う物は血が繋がっているから家族なのではない。

それぞれ父、母、子供、お互いに戦って戦って勝ち取る最後の形が家族なのである。

俺が家族を人生の一番重要な物として考える所以はここにあるのだろう。

 

皮肉だが、madonnaのFrozenは俺と父に諭すかのような詩であったのは後に気が付いた事でした。

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